第8号 ”今思うこと
 
佐々木 一雄  福井県養護学校教育研究会長(1985年)

 私の学校に、毎日校長室を訪ねてくれる一人の男の子がいる。私が、赴任して間もない頃、執務中の私に素早く近づいて眼鏡を奪った。一瞬の出来事に驚いて即座に奪い返すが、戸惑う私に毎日毎日同じことを繰り返した。ある日、校長室侵入の期を窺うN君に、こちらから眼鏡を渡してやった。彼は自分の顔にかけ、背伸びをして鏡をのぞき「ニヤッ」とする。そして今度は、眼鏡を洗ってから私の顔にかけて返してくれた。言葉の重いN君にとっては、精一杯の親愛の情なのだろう。ある時は、黒板一杯に書き込んである行事予定を「サッ」と一拭きして行ったこともある。彼にとっては、授業の後の手伝いと同じだった。
 私が初めて特殊教育の道に入ったのは、昭和57年4月である。それまで手がけたことのない子どもたちに、一体何がしてやれるのか、子どもを学校に託した親の願いにどう答えるべきか、本当に苦悩する日々であった。あれから3年、先輩たちに学び子どもたちに教えられながら、今なお指導法に悩み、教育課程づくりに苦労している。未解決の問題は年々増えるばかりで、卒業生を送るこの季節が近づくと、何か深い感慨に陥り身の引き締まる思いがしてならない。
 今、義務化された養護学校は、全国的に設備や環境が整ってきている。しかし、この教育の中心課題は、何をおいても教師の教育、即ち力ある教師の確保が焦眉の急だと思う。この道に携わるすべての教師に、特殊教育の基礎課程を学ぶ機会を与え、更にもっと高度の課程研修会を与えるべきである。養護課程の履修もなく、障害についての医学的知識も皆無では、理解に苦しむ原因となろう。
 一昨年、本県には全国に先がけて「特殊教育センター」が設立された。時宜を得た思いであり喜びに耐えない。本校でも、言語教育の講座に出席できたある教師は、的確な助言を受けて、以後大いに発奮し意欲を高めている。また、ある教師は、担任する子の観察指導について、センターからの連絡会を通じ、個別指導による細かい観察結果が得られ、センターと共通点を話し合う中に自信を深める等、特殊教育の中でセンターの果たされている使命は重く、改めて感謝している次第である。
 パールバックは著書で、私が障害を持つ娘を養護学校に通わせることを決意したのは、その学校を預かる校長の方針や考え方にあったという意味のことを述べているが、これほど強く責任を痛感させる言葉はなく、我が子を学校に託した親の気持ちに何としても応えねばと、今切実に思うのである。