第48号  教育への怒りに出会って
 
梅澤 章男  福井大学教育学部 教授(1997年)
 1月中旬に福井市で開かれた第16回科学技術フォーラムに参加した。「21世紀を快適・健康に生きる」というテーマのもとに、自然・人文・社会科学研究者の自由討議により科学技術の将来を探るというのが会の趣旨だった。3日間、会場とホテルに缶詰の会議だったが、多くの刺激を受けた。「現代医療」、「老いと社会環境」、「文化に伝承される癒し」などの問題が議論されたからだが、それ以上に当初は予想しなかった教育の問題が話題にのぼったからでもある。教育には門外漢の研究者達から教育への激しい不満が吹き出した。何が彼らを怒らせているのか。「指導やしつけという美名に隠れて、実は子どもをコントロールしているだけじゃあないか。だから自分で感じることを大事にしないで、教師の顔色をうかがう人間になってしまう」と言うのだ。そんな彼らが、実は教育を非常に大事に思っていること、だから今の教育には絶望していることがよく分かった。こうした声を前にして私の脳裏には、熱心に実践に取り組む教師達の顔がよぎった。「子ども達の健康を考えたこんな教育実践があり、それに共感する教師達が多数存在するのだ」と弁護しながら、自分が教育サイドに立つ人間であることを実感した。と同時に、外側の世界には我々が思う以上に教育への不満が鬱積していることも骨身にしみた。確かに、教育と子ども達の最初の出会いである就学を取り上げても、適正な就学指導という名目で親をコントロールしようとするために問題が生じている。繰り返されるそのような事例を見聞きしているから、特殊教育センターのスタッフは就学指導を相談活動に変えようと腐心している。障害をもつ子ども達も地域の学校に通わせたいという親の希望に対して、ようやくすべての学校に特殊学級を設ける方向が検討され始め、通級やスクールカウンセラー制度も拡大されると聞く。子ども達に幅広い選択肢が用意され、納得してその一つを選ぶことを保障しようとすると、より以上の予算と人的資源が必要になる。たとえ今、行政改革の嵐が吹いているからといっても、これは決して贅沢なことではなく、教育にはごく当たり前のことなのだと、あらためて思った3日間であった。