第45号  教師の人柄
 
山本 孝一  福井県特殊教育研究連盟会長(1996年)
 A市のある小学校で研究授業を参観した時のことである。言語障害、難聴、知的障害等の重複障害をもつ子と教師のマンツーマンの学習活動である。担任の先生を信じきった子どもの澄んだまなざしと、生き生きとした活動を見た。沢山の参観者にも全く気にしない子どもの伸び伸びした動きがそこにあった。しかも、小さな動きの中にも自ら学ぼうとする意欲が伝わってくるのを感じ、心温まる思いであった。
 心身に多くの障害をもっている子が、明るく伸び伸びと活動することができるのは、担任の先生をはじめ関係の先生方のなみなみならぬ努力と愛情に裏付けされたものがあると感じられた。
 さて、社会の急激な変化に対応できる教師の資質がいろいろ論じられている昨今、昨年の文部時報の中に金平敬之助氏(大企業の会長)が教師の資質について、次の様に述べられていた。
 第一に子どもが好きであり、人間というものを分かっていること。
 第二に新しいことに挑戦する意欲を持っており、年配になっても常にその気持ちを忘れないこと。
 第三に不変のものを何か信じていること。
 第四に他の先生のやっていることを素直に認めそこから学びとり、お互いにそれを許し合うこと。
 氏はこれらを詰めると『人柄』ということであろうと書かれていた。含蓄のあることばである。
 また、孔子の弟子であった子貢が、「先生の教えを一字で表したら何か」と聞いた時に、孔子は、「それは『恕』である」と答えたという。『恕(じょ)』は「思いやり」「ゆるす」という意味だとのこと。孔子の教えを一字で知ることができる。(小倉勇三著 「桃李もの言わざれども」より)
 激しい社会の変化に対応するために、学校教育に課せられているものは実に多い。特に、心身に障害をもつ子ども一人一人の個性を大切にし能力に応じた確かな力を育て、豊かな心を育む教育の一層の推進を図ることが大切であることは言うまでもない。その裏付けは、教師自身の研修と教師自身の豊かな心の育みであろう。これらを教師の『人柄』と考えたい。
 最後になりましたが、平素、特殊教育にご指導ご援助をいただいています県教育委員会、関係機関等に厚く御礼申し上げます。また、現場の先生方の益々のご発展とご活度を祈念申し上げます。