第43号  障害者と「共に生きる」
 
山本 由雄  福井県立福井東養護学校長 (1995年)
 先日の福井新聞に、「JR福井駅周辺道路等へ自転車や立て看板などの障害物を置かないで欲しい。」と、県視力障害者福祉協会と県が関係機関へ要望書を提出した旨の記事が掲載されていた。また、同し紙面に「歩道に自転車を転がしてお〈と、車椅子は通れません。」という広告が出ていた。このような苦言が出る程に、県民の障害者に対する意識は低く、「共に生きる社会」の実現は程遠いものと感じる。
 21世紀初頭には、4人に1人が65才以上の高齢者という超高齢者社会を迎えると言われている。つまり、人口の約半分が老人、子ども、障害者など「社会的弱者」と呼ばれる人々で占められることになる。高齢になるということは、心身の正常な機能の一つ一つを失うということであり、障害をもつということである。こういう世の中になれば、どの家族にも一人や二人の障害者がいてあたりまえということになる。もはや障害者を隔絶する社会ではなく、お互いが社会を構成する主要なメンバーとして尊重しあい、共存していかなければならない。
 こうしたことを思うとき、障害を持っていることが特別なことではなく、健常者も障害者も同じ立場で共に支え合える人間関係を保ち続けることか大切になってくる。今我々にとって、障害者を視野に入れ、日常生活を送ることが必要なのではないだろうか。障害者と共に生きていることが、日常レベルで感じられるならば、点字ブロックの上に駐輪したり、段差のある道路や建物がいかに不便なことであるか、或いは空き缶のポイ捨てがいかに危険なことにつながるかなど、実感できるはずである。こうした配慮にいたるとき、真の意味で「共に生きられる社会」の実現が図られる。
 障害者を視野に入れた環境整備は、障害者のハンディを取り除くことは勿論のこと、障害者の自立した生活を支援することの前提条件につながる。社会基盤の整備については、県当局にお願いしなければいけないことではあるが、我々特殊教育に携わる者としては、障害を持つ子どもたちの自立した社会参加を援助することが大きな使命となってくる。
 この子どもたちが将来いかに自立した社会の一員として生きていけるか、このことを常に念頭におき、「共に生きる」という視点から教育のあり方を吟味し、問い直していかなければならないと思う。
 「共に生きる」社会を目指し、それぞれの立場から、今我々ができる最善の方策を模索していかなければならないことを痛感している。