第4号  この子らの成長を願って
 
山下 尚  福井県養護学校校長会長(1984年)
  毎朝、私の顔をいち早く見つけて、子どもたちが無邪気に、「おはようございます。」と、声をかけてくれます。私は、その子らの表情の中に、何物にもかえ難い純真さと、私たちが忘れかけていた優しさと、情熱とを感じずにはおられません。
 しかし、この子らの将来を考えたとき、一人一人の歩むであろう道は、決して平坦なものでないことも事実であろうかと思います。ある人が「道とは、みなで歩いてできるものだ。」と言っておりますが、この子らが一人歩きできるまで、周囲の人たちは希望を持ち、灯をともして共に歩まなくてはなりません。その支えとなるものは、子供らへの不変の愛情と強い意思だと考えます。その愛情と誰にもはばからない熱意が、日常性において持続されることは決して容易ではないと思います。ややもすれば、甘やかしたり、過大もしくは過小の評価をしがちですが、厳しい中にも優しさに満ちた目で、事実を正しく見きわめることが肝要かと思います。
 こういうことがありました。夏の親子合宿の時です。親子で山登りをしました。多分この子には無理だろうと思われた子が、お母さんの手をぐいぐい引っ張って、山頂めざしてどんどん登ってゆくのです。その時のお母さんの表情は何とも形容し難いもので、その驚きと喜びは汗を拭くふりをして涙をぬぐうことでありました。また、食事の際、不器用な手で箸を持ち、ぽろぽろこぼしながらも懸命に食べている子を、じっと見守っているお母さんもおりました。このように、他人の想像以上の悲嘆を克服して、毎日笑顔で接し、発達の可能性を信じつつひたむきな愛情で育成に励み、子どもと共に力強く生きている親の姿、そして、親と子が共に力を合わせて、少しでも自立の道に近づこうと努力する幾多の光景を見るとき、じいんと胸につまる感動を覚えます。
 一陽来復という言葉があります。これは、冬が終わって春になることですが、転じて、逆順・不運などが続いても必ず幸運の芽が吹き、順境に向かうという意味だそうです。人が希望の灯を持って努力精進を重ねるならば、運が上向くという考え方は、生き方の一つの指針になると確信いたしております。
 今後も、この子らの生きることの尊厳さと、教育の果たす意義の大きいことをかみしめながら、勇気と情熱を持って、お互いが力を合わせよう。天衣無縫のこの子どもたちの純真さにかげりが生じないよう、みんなが手を携えて力強く前進しようではありませんか。この子らの成長を願って。