第30号  我が師
 
川内 秀典  福井県特殊教育諸学校長会長(福井県立美方養護学校) (1991年)
 私は、あとわずかで38年間の教員生活に終止符を打とうとしています。
 今、振り返ってみて、よくまあ長い年月を教員として過ごしてこれたものだとしみじみ考えています。楽しい思い出やすばらしい思い出が一杯ありました。時折、訪ねてくれる教え子と、当時を思い浮かべて、うまい酒をくみかわしてもおります。しかし、この年月の中では、何度かくじけそうになったことがありました。子供達の顔が浮かんで夜眠れない日、翌日の出勤の足が重く、出勤時刻ぎりぎりの時など、私を励ましてくれたのは、当時の校長H先生、教頭のK先生、同僚・後輩の先生方でした。そして、私を支えてくれたのは教え子達でした。現在大学を出て一流会社のエリート社員E君、市役所勤務のT君、板前のM君だったりもしました。その中でも最も大きな存在は、特殊学級の子供達や丸岡高校定時制の生徒諸君でした。この子供達とのかかわりをもち、彼らのもつ清らかな心、思いやりに心を打たれました。私が指導方法に行き詰った時にも、彼らが多くの示唆や教訓を与えてくれました。「この子達に何かをしてあげたい、何かをせねばならない」と思いたたせてくれたのも彼らでした。道元禅帥の教えの中に、「七歳の女流なりとも四衆の導師なり、衆生の慈父なり」というのがあります。まさに、この子達こそ私の真の師でありました。
 教育は、「子供が、今何を考えているのか、何を欲しているのかを探ることから始めよ」と言われます。子供を観察する確かな眼をもったとき、子供へのかかわり方が湧いてくるものです。
 今年の正月に教員生活を振り返ってみて恥ずかしい思いにかられたことがあります。それは法句経の中の次の一文に出会った時でした。「たとえ生命のかぎり師にかしずくとも、心なき人は正法(まこと)を知らざるべし。匙は器につけど羮味(あし)を知ることなきが如し。たとえ瞬時(またたき)の間、師にかしずくとも、たちまち正法を知らん。げに舌こそ羮味を知るが如し」私達はたとえ知恵遅れの子であっても、多くのものを教えてくれているのに、研究誌や指導書等の受け売りで過ごしてきたのではないだろうか。子供達から教えられたことを実感として自分のものにしてきたかどうか、ただ赤面するばかりです。38年間にいただいた「教え」を大切にして、これからの生活の中に生かしていきたいと念じています。