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小林 信慈 福井県特殊教育研究連盟会長(1990年) |
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昭和26年春、初めて通常学級(6年生)を担任した時、自分の名前がどうにか書ける程度に知恵の遅れたS児に出会いました。勿論学業はさっぱりでしたが、毎日笑顔で登較してくれたし、帰宅すれば全盲の母親(母子家庭)の手を引いて買い物を喜んでしました。人間は、それぞれかけがえのない存在である事を痛感し、S児を力いっぱい誉めてやりました。その時のS児の嬉しそうな表情が今も眼底に焼きついています。S児との出会いがご縁で私は特殊教育に関わることになりました。
約40年間に教育行政は大きく変革しました。当初は能力が低く登校や集団生活の困難な子は、保護者が教育義務の猶予又は免除を申請せざるを得ませんでした。そしてそれがいとも簡単に認められました。しかし、現在は特殊学級や養護学較を設け、それでも就学困難な場合は家庭まで出向いて教育を保障するまでになりました。本県がこの在宅児訪問指導を全国に先がけて実施したことは誠に感激で、私は真先にその担当を志望しました。玄関の戸を開けると喜びの声を上げて歓迎、寝たきりなのに早速「勉強しよう」と催促する生徒を担任して、『今に学習意欲を無くしてしまうのでは…』と大変緊張したものです。肢体が自由に動かせない生徒の枕元で、私は教師としての無能力さ、創造性の必要性を痛感しました。「教育とは何か」「教師の専門性とは」とよく自問したものです。「児童の実態に即した効果的な指導を行うためには・・・」とよく口にしますが実際には大変実践研究の必要な営みです。それだけに価値ある仕事をしていると思っている時、「寝たきりの小児麻痺児に勉強を教えて何になるのか。」との発言を耳にした事があります。行政面で教育保障を積極的に考えての制度だけに私は残念至極でした。こうした無理解は、特殊学級が設置され始めた昭和30年頃から入級指導の困難さが一向に改善していないのだから予想される事です。教育が受験体制化し、偏差値教育が当然のように行われていたからだと今思います。特殊教育は憲法で定められた当然の義務であり、教育の専門性が問われる誇り得る仕事であることが教育関係者は勿論一般社会からも認識される必要があります。
幸いにも今学習指導要領はこれまで特殊教育が大切に考えてきた人間性重視や生涯学習の観点から改訂されました。この主旨が理解され真剣に実践される事になれば、特殊教育も自ら理解され充実発展していく筈だと信じます。私達特殊教育関係者が今後の教育推進の中核的な存在として活躍できればと考えます。推進のブレーキをかける危険性があるのも私達です。昨年度の東海北陸地区研究大会での成果と反省を基盤にし、特殊教育センターの機能も活用して、今こそ特殊教育充実のために奮起しましよう。 |
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