第19号  無心に学ぶ熟年教師
 
仲村 憲三  福井大学教育学部附属養護学校校長 (1987年)

 去年の夏だった。川内センター所長から、現職教員の夏期講座に「障害児の楽しいリズム運動について」の講義と実技を講ずるよう、半ば強制ぎみに依頼を受けて驚いた。多分、素人校長でも一か年以上も養護学校に勤めれば、何とか自分の専門にからめて、障害児体育を語ることはできるだろうとの、温かい配慮に感激して断り切れずに当日を迎えた。
 午前中の講義は、手作りのOHPシートを多用して、不遜を承知で専門家の先生方を前に、仲村説をまくし立てたのである。興に乗じて、途中の休憩時間を利用して、養護学校の子どもたちや教師・父兄との関わりを吟じた、自作の詩文まで披露してしまった。
 若い女先生の多い受講者の中に、前列座席に端坐し、食い入るようにスクリーンを注視している初老の男先生がいた。その先生は、長年、障害児教育一筋に生きてこられ、また、詩人としてもユニークな作風をもたれていることを、後日、他のところから聴き、肝を冷やしたものである。
 午後の実技研修にも、勿論、少なくなってきた白髪の熟年先生は、全身純白の運動服装で、凛々しく先頭切って参加していたことは言うまでもない。そして、己の娘より若い指導者の指示に、忠実に従いながら動きに動いていた姿が、実に印象的であった。準備運動は「小猫の動き」である。女の先生方の中に交わり、小猫になりきって仲間たちと遊び戯れる動きを、四つん這いになりながら迫真の表現をする様は、まさに、邪気のない養護学校の子どもたちそのものの姿で愉快であった。
 幾星霜経て老境に至ってもなお、総ての邪心を捨て、模倣運動に打ち興ずる学習態度は、真に学ぶべき後姿であった。
 障害をもつ子らに、男の一生をかけて、只管に歩み続けてきた教師の生き態そのものを見た思いであり、燻し銀の輝きに似たパフォーマンスであった。
 冷房完備の体育館ではあったが、猛暑とあふれる意欲の二時間に、流れる汗を拭いながら、終わりの挨拶に交わした言葉の温もりと、多くなった皺の笑顔の中に、名伏し難い清々しさがあったのを忘れはしない。
 障害児教育への苦難と感動の道程を越えてきた熟年教師の爽やかさを、しみじみ思い起こすのである