 |
井野部 正直 福井県養護学校教育研究会会長 (1986年) |
|
日々、子どもたちと共に給食を食べている私にとっては、毎日が驚きと感動の連続である。給食は子どもたちにとって最も楽しい学校生活のひとときであると同時に、自ら人間として生きるための生活の基本的態度を身につけようとする意欲が見られるときである。合掌で始まり合掌で終わる子どもたちの姿に接していると、物の豊かさによって忘れかけた心の教育を思い知らされる場面でもある。
笑みを浮かべて食事をする子、必死になって食べる子、介助を受けながら食事をしている子と、子どもたちと教師が一体となって心と心を通わせながらの光景こそ真に美しい人間模様であり、教師と子どもたちが同じ人生の旅人として共に歩んでいる姿に感動を覚える。それは、慈善でもなく、施しでもない人間として当然やらなくてはならないという教育愛であると思う。これこそ、「人間同行」の道であり、特殊教育が一般教育の原点であるといわれる所以である。「特殊なのは人ではなく、教育の方法である」という認識を、今さらながら子どもたちから思い知らされる昨今である。
現在、養護学校教育をとりまく諸問題として、
(1)障害の重度重複化に対応する教育内容・指導法の研究、
(2)適切な進路の確保、
(3)障害児に対する社会への理解・啓発の促進などがあろう。
いずれも、この道に携わる者として真剣に取り組まなければならない重要課題である。それぞれの障害を持った子どもたちの声なき叫び・言葉なき訴えを聞き取り、心に感じ、それに応えるためにも、子ども一人一人を見とり、指導のめやすを立て、子どもに働きかけつつ、様子を見とどけ、指導の見直しをして、新たな働きかけを行う。たとえ、その道程ははるか遠くても、根気強く続けることの必要性を感じている。
過日、ある小学校のPTAが、学校一巡の後異口同音に、(1)どの子どもも、それぞれの障害をのり越え明るく生き生きと懸命に学習に取り組んでいる姿、(2)普段気づかない日常のあいさつを大切に、活気に満ちた学校生活を過ごしている姿、(3)寮の各部屋の整理整頓の状況と、子どもたちが自ら洗濯している姿などに、一人の親として感動を覚え、離校時には、障害を持った子と持たない子が共に生きる社会を期待し、豊かな人間性を持った子を育てる大切さを感じた様子であった。こうした理解を示していただいた人たちに、私はただ感謝の思いでいっぱいである。 |
|
|
 |