第11号  福井県重症心身障害児(者)を守る会のあゆみ
 
相木 壽雄  福井県重症心身障害児(者)を守る会会長 (1985年)
  本県の生んだ作家、水上勉先生の「拝啓池田総理大臣殿」という一文が全国的な波紋を起こし、本県においても、昭和42年三方の国立療養所に重心病床が40床できると同時に、県社会福祉協議会事務局長畑謙吉氏・県婦人児童課長小串氏の肝入りで、福井県重症心身障害児(者)を守る会がその年の2月18日に誕生いたしました。
 不肖私その会長の席を汚すこととなり、発足以来、県当局は申すまでもなく県社協のお力添えと各役員の方々及び会員の御協力また社会の方々の御声援に助けられ、二重三重の重い障害を持つ不幸なる子どもたちまた失意のどん底にあえぐ親たちのための代弁者として、一条の光明を求めて歩き続けて18年間、よくぞここまで来たものか、こられたことかと感慨無量であります。
 ここに、その足跡の主なる事を記すと
  1. 重症児(者)全員が入院できるように毎年厚生省に増床運動を続けた結果、今日現在で三方の国立療養所に120床、北方の国立療養所に80床、合計200床できました。 
  2. 親が死亡した後に残された障害児(者)の対策の1つとして扶養共済制度の設置をみました。
  3. 今まで婦人児童課の担当でありましたが、障害児(者)のみを担当する障害福祉課の新設を要望、50年7月その設置をみました。
  4. 社会復帰の望み薄き障害者だけの村ともいうべきコロニーの建設を要望し、清水町に若越ひかりの村コロニーができました。
  5. 社会福祉センターの建設を要望し、現在の立派な県社会福祉センターができました。
  6. 重障児にも教育をと要望し、訪問教育制度が本県にも取り入れられ、また、医療と提携した立派な特殊教育センターが設置されました。
  7. 障害児を抱えて、その子の病気の診療及び療育相談所としての県小児療育センターが建設されました。

 以上、今日まで要望し陳情してきましたほとんどがかなえられたこと、発足当時に比べて地獄と極楽のごとく隔世の観があり誠に有り難いことであります。特に、私たちの要望に対し御理解していただき、他県に勝るとも劣らないまでにしていただいた中川知事さんに対し、また、関係の係官及び協力いただきました県社協の歴代事務局長さん方に対し、会員一同と共に厚く御礼申し上げ、今後共に今まで同様の御愛顧をお願いいたしペンを置きます。