第54号  受容することから出発
 
丹後 清明  福井県特殊教育センター 所長(1998年)
 特殊教育の重要さ尊さは今さらいうまでもありません。この教育は、心身に障害をもつ一人一人の児童・生徒を大切にし、それぞれがもつ障害を乗り越えさせ、個々に秘められた能力を引き出していく地道な営みであり、まさに教育の原点であるからであります。

いまや特殊教育の歴史は一世紀を経過し、その重要性は各所に浸透し、制度や教育諸条件も整ってきております。特に、養護学校の義務制が実施されて以後のその充実は目を見はるものがあります。とりわけ、本年4月特殊教育センターの開設によって、本県の特殊教育環境は一段と整備されました。このセンターは、障害児の就学相談や判断、そして、教師の研修など特殊教育を推進するための拠点となる画期的なセンターであります。障害の重度化・多様化のなかにあって、就学・入級や学習指導の内容方法、あるいは進路の問題等なお多くの課題をかかえているとき、このセンターの果たす役割は誠に大きなものがあります。

特殊教育は、制度も整い枠組みができて、いよいよ内容の充実のときにきているわけであります。すなわち、障害児一人一人の能力を引き出すため、何をどのように指導したらよいかが重要になるのでありまして、今こそ私たち特殊教育にたずさわっているものの力量の問われるときであります。昭和58年4月につくられた福井県特殊教育センターが発足してからもう15年が過ぎた。その10数年以前から要望されていた特殊教育センターがようやく昭和44年に構想され、県下3ケ所に福井県特殊教育推進センターが設置され,さらに業務が開始されたのは翌45年のことであった。構想以来13年もかかって発足にこぎつけた,待ちに待ったセンターだったのである。
 この特殊教育センターにおける機関誌として”すくらむ”が年4回の予定で発刊されることになった。私はその第2号の巻頭言を書くという名誉に浴した。創刊号には巻頭言がないので実質的には一番最初ということであった。それは『特殊教育センターに期待を寄せて』という題で書いたものであるが、医療・教育・福祉が一体となって心身障害児の問題に取り組んで欲しいこと、早期発見、早期治療・訓練はいうまでもなく、正しく適切な判別・診断や信頼性・妥当性ある治療・訓練・教育,さらにはあたたかい福祉的処置などが協力的におこなわれることを切に期待したものであった。
 あれから15年が経過したが.福井県における特殊教育はどうなっただろうか?私も33年勤めた福井大学の定年退職を迎えるにあたって,関係してきた特殊教育についてあれこれ考え,反省することが多い昨今である。
 そんなわけで,福井県における特殊教育はあの頃期待したような展開になったのだろうかと考えてみるに,残念ながらそうとは言えないように思われる。
 時代の流れとともにバブルがはじけ,金づまりの世相となり,教育の分野でも人間関係が希薄となり,福祉的思想も高齢者問題や介護の問題が中心となって来たために,障害者問題はすっかり霞んでしまうようになった。また,当時特殊教育に積極的に参加した教員の方々は定年を迎えられリタイアされる人も続出した。それ以来,特殊教育は先輩の人たちが築いたベルトコンペアに乗ったように自動化され,新しい課題に取り組んだり.チャレンジしたりするような雰囲気もなく,目新しい話題もないので活気らしいものが見られなくなった。さらに,若い教員たちは年配の教員に指導を仰ぐでもなければ,協調して事に当たるということも少なくなっているような気がする。それらのことを感じるのは私が年齢をとった故なのだろうか。また,特殊教育の教員と他の機関の方々との自主的な協力なども全くと言っていいくらいに無くなってきているのは特殊教育の将来にとって決していいことではないと思うが如何なものだろうか。