第52号  障害への理解ーともに歩むためにー
 
東方 治男  福井県特殊教育語学校長会会長(県立ろう学校長) (1998年)
 障害をもつ子どもたちに、何でもやってあげる「抱え込み」では良くないと思っている人たちから、関わり方についてよく聞かれることがあります。そんな時、私はそれぞれの障害に配慮しながら、相手への「思いやりの心」をもって接することだと言っています。
 先日もある聾学校の校長先生から、その学校で起こった事件を聞きました。寮で夕食の終わった高等部の生徒が、自分で使った食器類を流し台に運び、去り際に流し台の隅にある「三角コーナー」に口に含んでいた食べかすを吐いていきました。ちょうど、その流し台で洗い物をしていた寮母さんが大声をあげ、濡れ手のままで戻るよう手招きしました。ところが振り向いたその生徒は、いきなり寮母さんを押し、弾みで寮母さんは流し台の角に頑を打ち出血で2針縫ったという事件です。病院でその寮母さんが生徒に暴力を振るわれたと言ったこともあり大騒ぎになり、この事件は聴覚に障害をもつ子にありがちな状況判断の誤りから起こったことだとされました。しかし、その生徒は、いきなり耳に、さらに振り向きざまに目に水をかけられたので避けるために夢中で押したのだと言いました。
 これでお分かりだと思いますが、10余年の経験を積んだベテランの寮母さんでも、とっさの時には、相手がことばをはっきり聞き取れないこと、濡れた手での手招きは相手に水滴をかける(聴覚障害者は残存聴力利用と補聴器保護のため耳への水には敏感)ことにまで思い及ばなかったのです。さらに、先生方もこの考えに同調されたということは、障害に配慮するということが「言うは易し」ですがいかに身につけ難いかということを物語っています。この場合は、急いで手を拭き追いかけて行って、前に回ってから分かるように指導してあげることが障害に配慮するということといえます。
 校長先生の指摘で、この学校では寮母さんに怪我がなければ見過ごされていたに違いないと真剣に受け止め、この事件を題材に校内で研究会を、寮ではケース会議を開き勉強したとのことでした。私たちもこれを他山の右とせず、今一度子どもたちの障害への、場に応じた配慮について、認識を新たにする必要があると思われます。