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一部の人たちの間には、障害児にも特殊教育はいらない、通常の学校の中で通常の子どもたちといっしょに学習するいわゆる統合教育がよいとする主張があります。今の学校教育がこの考え方を受け入れるにしても、一つ条件があります。一人一人にきめ細かい教育が可能ならばということです。この条件をぬきにして実施されるとき、そのつけは障害をもつ子どもの方にまわってきてしまいます。
先日も、保護者の方が相談に来られて、「聴力損失(95dB)があるのですが通常の学校がよいといわれるので小学校に入れました。4年生になった今もことばがでてきません。どうしたらよいのでしょうか。」がく然としました。声が子どもの耳から入らず、何の指導も受けずにことばが育つわけがありません。
「共感の世界に生きる」という伊藤隆二先生の論文に、特殊教育の特殊(Special)ということばは、@洗練された・あか抜けした、Aきめ細かい・手厚い、B価値のある・尊い、C高級なという意味があると書かれていました。
特殊教育は、一人一人をみつめて洗練された、きめ細かい、ハイレベルの教育を行うことです。その場限りのいい加減なことは許されません。だから、それを行う人はspecialistでなければなりません。そして、それを実施するための場が必要であります。
幸いにして、長年障害児の診断や就学指導にかかわって最も教育に理解の深い山本勇志先生を所長とする小児療育センターと同居が許されました。
障害をもつ子の保護者や関係者に、教育の適時性をふまえた正確な情報(医学的福祉的所見を含めて)の提供、そして関係者がspecialityを発揮してもらえるような学際的な援助、更にその場の構成に対する実践的研究、この三本は、当センターが小児療育センターの力をかりながら行わなくてはならない使命だと考えています。
関係者の皆さんの絶大な御理解と御協力、気軽な御活用を願って開所の御挨拶にかえさせていただきます。
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