平成10年(行ツ)第93号 管理職選考受験資格確認等請求事件
【判決理由骨子】
1 地方公共団体が,公権力行使等地方公務員(住民の権利義務を直接形成し,その範囲を確定するなどの公権力の行使に当たる行為を行い,若
しくは地方公共団体の重要な施策に関する決定を行い,又はこれらに参画することを職務とする地方公務員)の職とこれに昇任するのに必要な職務経験を積むべ
き職とを包含する一体的な管理職の任用制度を構築した上で,日本国民である職員に限って管理職に昇任することができることとするのは,合理的な理由に基づ
く区別であり,労働基準法3条にも,憲法14条1項にも違反しない。
2 上告人は,管理職に昇任すればいずれは公権力行使等地方公務員に就任することのあることを前提とする一体的な管理職の任用制度を設けて
いたから,上告人が管理職昇任の資格要件として日本の国籍を有することを定めたことは,労働基準法3条にも,憲法14条1項にも違反しない。
(1,2につき,補足意見,意見,反対意見がある。)
【多数意見要旨】
1 地方公共団体は,職員に採用した外国人について,国籍を理由として勤務条件につき差別的取扱いをしてはならず(労働基準法3条),同条
は,管理職への昇任についても適用がある。しかし,職員に採用した外国人につき合理的な理由に基づいて日本国民と異なる取扱いをすることは,同条にも,憲
法14条1項にも違反しない。したがって,管理職昇任を前提としない条件の下でのみ外国人を職員に採用することとするには,そのように取り扱うことにつき
合理的な理由が必要である。
2 地方公務員のうちには,住民の権利義務を直接形成し,その範囲を確定するなどの公権力の行使に当たる行為を行い,若しくは地方公共団体
の重要な施策に関する決定を行い,又はこれらに参画することを職務とするもの(公権力行使等地方公務員)が含まれている。その職務の遂行は,住民の権利義
務や法的地位の内容を定め,あるいはこれらに事実上大きな影響を及ぼすなど,住民の生活に重大なかかわりを有する。それゆえ,国民主権の原理に基づき,国
及ぴ地方公共団体による統治の在り方については日本国の統治者としての国民が最終的な責任を負うべきものであること(憲法1条,15条1項参照)に照ら
し,原則として日本の国籍を有する者が公権力行使等地方公務員に就任することが想定されているとみるべきであり,外国人が公権力行使等地方公務員に就任す
ることは,本来我が国の法体系の想定するところではないものというべきである。
地方公共団体が,人事の適正な運用を図るために,公権力行使等地方公務員の職とこれに昇任するのに必要な職務経験を積むぺき職とを包含する
一体的な管理職の任用制度を構築し,日本国民である職員に限って管理職に昇任することができることとするのは,合理的な理由に基づく区別であり,労働基準
法3条にも,憲法14条1項にも違反しない。このことは,特別永住者についでも異なるものではない。
3 本件管理職選考当時,上告人は,管理職に昇任すればいずれは公権力行使等地方公務員に就任することのあることを当然の前提として,公権
力行使等地方公務員の職に当たる管理職とこれに関連する職とを包含する一体的な管理職の任用制度を設けていた。そうすると,上告人が,このような制度を適
正に運営するために必要があると判断して,管理職昇任の資格要件として日本の国籍を有することを定めたことは,合理的な理由に基づいて日本の国籍を有する
職員と外国人である職員とを区別するものであり,労働基準法3条にも,憲法14条1項にも違反しない。
【個別意見要旨】
〔藤田裁判官の補足意見〕
1 日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法の定める特別永住者の制度は,現行出入国管理制度の例
外を設け,一定範囲の外国籍の者に,出入国管理及ぴ難民認定法所定の在留資格を持たずして本邦に在留(永住)することのできる地位を付与する制度であるに
とどまり,これらの者の本邦内における就労の可能性についても,上記の結果,法定の各在留資格に伴う制限が及ばないこととなるものであるにすぎない。我が
国現行法上,地方公務員への就任につき,特別永住者がそれ以外の外国籍の者から区別され,特に優遇されるべきであると考えるペき根拠はなく,事は,外国籍
の者一般の就任可能性の問題として考察されるぺきである。
2 我が国憲法上,そもそも外国人に(一定範囲での)公務就任権が保障されているか否かは,検討を要する問題である。しかし,本件は,既に
正規の職員として採用され勤務してきた外国人が管理職ヘの昇任の機会を求めるケースであって,労働基準法3条の規定の適用があり,上記の問題の帰すうは,
必ずしも,本件の解決に直接の影響を及ぼすものではない。
3 そこで,本件の場合に,同条の規定の存在にもかかわらず,外国籍の者を管理巌に昇任させないとすることにつき,合理的な理由が認められ
るかどうかが問題となるが,その具体的範囲をどう取るかは別として,少なくとも地方公共団体の枢要な意思決定にかかわる一定の職について外国籍の者を就任
させないこととしても,必ずしも違憲又は違法とはならないことについては,我が国において広く了解が存在するところであり,私もまた,そのこと自体に異を
唱えるものではない。そして,本件の場合,上告人東京都は,一たぴ管理職に昇任させると,その職員に終始特定の職種の職務内容だけを担当させるという任用
管理をするのではなく,したがってまた,外国人の任用が許されないとされる職務を担当させることになる可能性もあった,というのである。外国籍の者につい
てのみ常に特別の人事的配慮をしなければならないとすれば,全体としての人事の流動性を著しく損なう結果となる可能性があるということも,否定はできな
い。こういったことを考慮するならば,上告人東京都が,一般的に管理職ヘの就任資格として日本国籍を要求したことは,なお,その行政組織権及び人事管理権
の行使として許される範囲内にとどまるものであった,ということができ,また,少なくともそこに過失があったと認めることはできない。
〔金谷裁判官の意見〕
私は,多数意見の結論には賛成するが,その理由付けの一部には同調できない。
1 公務員(地方公務員を含む。)制度をどのように構築するかは国の統冶作用に重大な関係を有すること,公務員の中には,外国人が就任する
ことが国民主権の原理からして許容されないものや外国人の就任が不相当なものが少なくないこと等にかんがみると,憲法は,外国人に対しては,公務員就任権
を保障するものではなく,憲法上の制限の範囲内において,外国人が公務員に就任することができることとするかどうかの決定を立法府の裁量にゆだねているも
のというぺきである。
2 我が国の現行法制上,外国人に地方公務員となり得るみちを開くか否かは,地方公共団体の条例,人事委員会規則等の定めるところにゆだね
られている。地方公共団体は,この点に関し,オール・オア・ナッシングの裁量のみが認められるものではなく,職種を選択し,又は昇任の上限を設定して,そ
の限度内で採用の機会を与えることも許されるのであって,その判断については,裁量権を逸脱し,あるいは濫用したと評価される場合を除き,違法の問題を生
じることはない。
外国人に対し一定の職種の地方公務員に就任するみちを全く開放しないこととしても,原則として違法の問題が生じないのに,その一部開放であ
る昇任限度を定めた開放措置については裁量に関し制約が伴うこととなるのは,甚だ不合理である。労働基準法3条は,門戸を開く裁量についでは適用がなく,
関かれた門戸に係るその粋の中での運用において適用されるにとどまる。
3 本件においては,上告人において職員が管理職に昇任するための資格要件として当該職員が日本の国籍を有する職員であることを定めていた
ことは,裁量権の逸脱・濫用に当たらず,上告人が被上告人に対して平成6年度及び同7年度の管理職選考を受験させなかった措置に違法はない。
〔上田裁判官の意見〕
私は,多数意見の結論に賛成するが,その理由を異にする。
1 憲法は,在留外国人につき我が国の公務員に就任することができる地位を保障するものではなく,在留外国人が公務員に就任することができ
ることとするかどぅかの決定を立法府の裁量にゆだねている。地方公務員法は,在留外国人の地方公務員への就任につき,それぞれの地方公共団体が条例ないし
人事委員会規則等において定め得るという立場に立っている。
2 それぞれの地方公共団体は,在留外国人の地方公務員ヘの就任の問題を定めるに当たり,いかなる職種ヘの就任を認めるかについてのみなら
ず,どの程度・レベルの級(職務の内容と責任に応じて定められる。)までの就任(昇任)を認めるかについても,裁量を有する。
3 この裁量にも限界があり,地方公共団体が裁量権を逸脱し,濫用したと評価される場合には,違法性を帯びることになる。裁量として行使さ
れたところが地方公務員法を中心とする地方公務員制度全体から見ておよそ許容することができないと思われる場合には,裁量の限界を超えることになる。例え
ば,地方公務員のうち,地方公共団体の公権力の行使に当たる行為若しくは地方公共団体の重要な施策に関する決定を行い,又はこれに関与する者について,解
釈上,その就任に日本国籍を有することを必要とするものがあるとされる場合に,地方公共団体がそのような地方公務員にも在留外国人の就任を認めることとし
たときには裁量の限界を超えることになる。また,逆に,例えば,在留外国人については,その給与を特段の事情もないのに初任給程度に限定することとしその
よぅな級に相当する職務を専ら行うものと位置付けて地方公務員ヘの就任を認めることとしたような場合には,在留外国人を蔑視し,在留外国人に苦痛のみを与
える制度として,あるいは在留外国人の労働力を搾取する制度として構築したものとして地方公務員制度上のいわば公序良俗に反し裁量の限界を超えることにな
ろう。
在留外国人の地方公務員への採用につき構築された制度の範囲内においては,労働基準法3条や地方公務員法13条の平等取扱いの原則の精神に
基づき,在留外国人同士あるいは在留外国人と日本人との間において平等取扱い等の要請が働くことになる。
4 本件においては,上告人の制度はその裁量の範囲内にあり,上告人が被上告人に対して平成6年度及び同7年度の管理職選考を受験させな
かった措置に違法はない。
〔滝井裁判官の反対意見〕
我が国の地方公共団体の執行機関のうち首長など機関責任者については,国民主権の見地から日本国籍を有する者に限りこれに就任することがで
きるが,その余の地方公務員ヘの就任については,憲法上の制約はなく,性質上当然のこととして日本国籍を有する者に制限されると解すべき根拠はない。
既に地方公務員に採用された者が昇格等を伴う補助機関に昇任することができる資格を有することについては労働基準法3条の適用がある。一定
の職について日本の国籍を有する者だけが就任することができるとすることは可能であるが,そうするには,法律においてこれを許容し,かつ,合理的な理由が
あることを要する。地方公共団体がある種の公務,例えば,高度な判断や広範な裁量を伴うもの,あるいは直接住民に対して命令し強制するものについて,住民
の理解と信頼という観点から日本国籍を有する者のみを充てることとすることには合理性を認め得るのであって,そのような措置を執ることは地方公務員法が許
容していると解される。
しかしながら,上告人は,すべての管理職から一律に外国人を排除することとしていた。上告人のように,多数の者が多様な仕事をしている地方
公共団体において,その管理職に就く者が,その職務の性質にかかわらず,すべて日本国籍を有しなければならないものとすることには,その合理的根拠を見い
だすことはできない。
したがって,上告人が,日本国籍を有しないことのみを理由として被上告人に管理職選考の受験の機会を与えなかったのは,国籍による労働者の
違法な差別といわざるを得ない。また,このような差別が憲法14条に由来する労働基準法3条に違反するものであることからすれば,国家賠償法1条1項の過
失の存在も肯定することができるので,被上告人の請求を認容した原判決は結論において正当であり,本件上告は棄却すべきである。
〔泉裁判官の反対意見〕
1 国は,法律で,特別永住者に対し日本における永住権を与えるとともに,就労活動等についても特に制限を加えていないのであつて,特別永
住者が地方公務員となることを制限してはいない。そして,憲法14条1項の法の下の平等及び憲法22条1項の職業選択の自由は,特別永住者にも保障されて
いる。
2 地方公共団体において特別永住者が地方公務員となることを制限するには,合理的な理由に基づくことが必要である。
(1) 国民主権は,統治権を行使する主体が,その行使の客体である国民と同じ自国民であることをその内容として含んでいる。地方公共団体
が,この自己統治の原理により,特別永住者が地方公務員となることを制限することができる範囲は,自己統治の過程に密接に関係する職員,換言すれぱ,広範
な公共政策の形成等に直接関与し自己統治の核心に触れる機能を遂行する職員,及ぴ警察官や消防職員のように住民に対し直接公権力を行使する職員への就任の
制限に限られる。
(2) それ以外にも,自治事務を適正に処理・執行するという目的のために,特別永住者が一定範囲の地方公務員となることを制限することが
許される場合もあり得る。しかし,特別永住者は,憲法が保障する法の下の平等原則,職業選択の自由を享受し,職業を通じて自己実現を図るという人格権的利
益を有するものであり,地方公共団体の自治の担い手の一人であって,地方公共団体と強い結び付きを持っているから,具体的な制限の目的が自治事務の処理・
執行の上で重要なものであり,かつ,この目的と手段たる制限との間に実質的な関連性が存することを地方公共団体が論証したときに限り,当該制限の合理性を
肯定すべきである。
3(1) 本件管理職選考は,「課長級の職」への第一次選考である。課長級の職には,自己統治の過程に密接に関係する職員が含まれている
が,それ以外の職員も相当数含まれていることがうかがわれる。そうすると,自己統治の原理により,特別永住者に対し本件管理職選考の受験を拒否するという
ことは,上記目的達成のための必要かつ合理的範囲を超える過度に広範な制限といわざるを得ない。
(2) 上告人の人事管理の下では本件管理職選考に合格した者はいずれ自己統治の過程に密接に関係する職に就かせることになるとし,この
人事管理政策を遂行するという目的のため,特別永住者に対して本件管理職選考の受験そのものを拒否するという手段を採用することの可否を検討するに,この
ような目的は,特別永住者に対する前記権利利益の否定を正当化するほど重要なものであるとはいい難い。また,このような手段を採用しなければ上告人の人事
管理政策の実施に支障が生ずるとは考えられず,手段においても,上告人の人事管理政策の実施という目的と実質的な関連性を有するものとはいい難い。
したがって,上記の制限をもって合理的なものということはできない。
4 特別永住者である被上告人に対する本件管理職選考の受験拒否は,憲法が規定する法の下の平等及び職業選択の自由の原則に違反するもので
あることを考えると,国家賠償法1条1項の過失の存在も,これを肯定することができる。以上と同旨の原審の判断は正当であり,本件上告は棄却すべきであ
る。
資
料へ