糖尿病教育入院用テキスト
嶋田病院 糖尿病グループ
2010.8.28作成
2010.9.20改訂
2011.1.1改訂
1 糖尿病の説明
糖尿病とは
糖尿病とは、ホルモンの一種であるインスリンの作用が不足することによって、
慢性的に血糖値が上昇する(血糖値が高い状態が持続する)病気です。
インスリンは膵臓のランゲルハンス島β細胞で作られます。常に血液中に分泌され
る「基礎分泌」と、食事摂取による血糖値上昇に伴い分泌量が増える「追加分泌」
があり、肝臓や筋肉、脂肪組織などに働いて血糖値を低下させます。
インスリンの作用が不足する主な原因は、
(1)膵臓からのインスリン分泌の低下
(2)膵臓からのインスリン分泌はあるものの、肝臓や筋肉でのインスリン の働き
が悪くなるインスリン抵抗性の存在があげられ、
(1)および
(2)の両方であることもあります。
糖尿病の症状
糖尿病は、初期の頃は自覚症状がほとんどないため、健康診断などを定期的に受
け、血糖値の上昇を早期に発見することが必要です。
自覚症状として、口渇、多飲、多尿、体重減少などが現れてきたときには糖尿病
は既に進行しており、多くの場合、中等度以上の高血糖が長期間続いている状態で
す。
糖尿病の原因
糖尿病は、成因(発症機序)から分類すると、(1)1型、(2)2型、(3)その他の
特定の機序、疾患によるもの、(4)妊娠糖尿病の4つに大きく分類されます。わが国
の糖尿病の90%以上を(2)の2型が占めています。
成因による分類 |
特徴 |
1型 |
膵臓のβ細胞が破壊されることにより、インスリンが分泌されなくなり発症します。インスリンが絶対的に不足している状態です。 |
2型 |
インスリン分泌の低下やインスリン抵抗性によってインスリン作用が不十分になった状態です。発症には家系などの遺伝要因や生活習慣などの環境要因が密接にかかわっており、いくつもの発症すると考えられています。 |
その他特定の型 |
内分泌系の病気や膵臓、肝臓の病気、ある種の薬剤、遺伝子異常などが原因で発症する糖尿病です。 |
妊娠糖尿病 |
妊娠中に発症、あるいは耐糖能異常*が初めて発見される糖尿病です。 * 耐糖能異常 : 血糖値が正常値よりは高いが、糖尿病と診断されるほどは高くない境界域の状態。 |
2 糖尿病の合併症 糖尿病の進行に伴い血糖値が高い状態が慢性的に続くと、血管をはじめとする臓器に障害が起こります。 まず、末梢神経や、網膜または腎臓の細い血管に障害が起こることにより、糖尿病の三大合併症(細小血管症)と呼ばれる糖尿病神経障害、糖尿病網膜症、糖尿病腎症を発症します。 また、全身の太い血管の動脈硬化が促進することにより、心筋梗塞、脳梗塞、下肢の閉塞性動脈硬化症などの大血管症を発症することがあります。さらに、糖尿病が重症化すると、意識障害や糖尿病昏睡などのより重い合併症を発症する場合もあります。多くの場合、これらの合併症は自覚症状がないまま進行するため、注意が必要です。 |
糖尿病神経障害 |
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糖尿病発症から5年ほどで末梢神経に障害が起こり始めます。手や足先のしびれ、冷感、感覚異常などの症状に加え、痛みや熱に対する感覚が鈍くなることにより、手足のやけどや傷、水虫などに気づきにくくなり、重症化して壊疽(えそ)にまで至ることもあります。そのほか、起立性低血圧(立ちくらみ)や発汗異常、胃腸の不調(便秘、下痢など)、膀胱機能障害、勃起障害(ED)などの自律神経障害による症状も現れます。 糖尿病網膜症 目の網膜には毛細血管が網目状にはりめぐらされています。血糖値が高い状態が続くと毛細血管がつまるなどして網膜への酸素や栄養分の供給が不足などにより初期病変が発症します。高度に進行すると、黄斑症を起こしたり、血管新生による眼底出血や硝子体出血を起こします。初期には自覚症状はほとんど現れませんが、進行すると失明に至ることもあります。早期発見および早期治療が重要であり、糖尿病と診断された場合は同時に眼科を受診し、その後も定期的に眼科での検査を継続することが必要です。 糖尿病腎症
糖尿病患者さんでは、糖尿病を発症する前から動脈硬化が始まっていると言われています。糖尿病発症後さらに動脈硬化が促進することにより、心筋梗塞、脳梗塞、下肢の閉塞性動脈硬化症などの大血管症を発症します。高血圧や脂質異常症(高脂血症)、肥満、喫煙なども動脈硬化性疾患を発症する危険性を高めるため、糖尿病患者さんでは血糖値のコントロールはもちろん、これらの疾患の治療および生活習慣の改善も重要です。 糖尿病足病変 血糖値が高い状態が続いて下肢の血行や神経に障害が起こると、痛みなどに対する感覚が鈍くなります。足に水虫や小さな傷などがある場合、その傷に気づかずに放置することになり、細菌感染が広がって皮膚潰瘍や壊疽(えそ)が起こります。これらは膝から下に起こることが多く、重症化すると足を切断しなければならないこともあります。日頃から足をよく観察し、家族などにも見てもらい、足を常に清潔に保つことが重要です。 歯周病 歯周病は、歯周病菌が歯周組織に感染して起こる慢性的な感染症です。血糖値が高い状態では歯周病菌の増殖を抑える力が弱くなるため、糖尿病患者さんでは歯周病の重症化がしばしばみられます。歯周病は心筋梗塞などの動脈硬化性疾患や感染性心内膜炎、呼吸器疾患などの誘因にもなるため、注意が必要です。 |
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検査 |
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1.血糖値による診断 血糖値は診断のためにまず参考にされる検査値で、空腹時血糖値、随時血糖値、食後2時間血糖値、75g経口ブドウ糖負荷試験(75g OGTT)による血糖値などを測定し、診断します。 |
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正常 |
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早朝空腹時 |
110mg/dl未満 |
126mg/dl以上 |
食後2時間 |
随時 200mg/dl以上 |
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随時血糖 |
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75gブドウ糖負荷 |
空腹時 126mg/dl以上 2時間値 200mg/dl以上 のどちらかを満たす |
2時間値140未満 |
2.インスリン分泌量の測定 インスリン(IRI)とC-ペプチド(CPR)を測定することによって、インスリン分泌量がわかります。 IRIは免疫反応性インスリンのことで、インスリン注射による血液中のインスリンも含んだインスリン量を示します。CPRはインスリンを生合成する過程で作られる物質で、膵臓から分泌されるインスリンの量のみを反映します。インスリン分泌量を測定することによって病態が推定でき、1型糖尿病か2型糖尿病かを診断できます。 1)血糖値
治療過程において、血糖値のコントロールがきちんとできているかどうかを把握するために、空腹時血糖値、食後2時間血糖値を定期的に測定します。 2)ヘモグロビンエーワンシー(HbA1c)
食事の影響を受けないため、外来で治療している患者さんにおいて、血糖値のコントロールがきちんとできているかどうかを把握する指標として適しています。食事の影響を受ける血糖値とは異なり、採血時から過去1、2ヵ月間の平均血糖値を反映しています。HbA1cは、血糖値が高い状態の持続により血液中で過剰となったブドウ糖が赤血球のヘモグロビンと結合したグリコヘモグロビンの一種です。 (説明 診断基準に2010.8月から HeA1cが追加されました。)
3)グリコアルブミン
HbA1cよりも血液中に存在する期間が短く、採血時から過去約2週間の平均血糖値を反映しています。血清中の蛋白質の一種であるアルブミンが血液中のブドウ糖と結合してできる物質で、グリコアルブミン値を3で割ると、おおよそのHbA1c値に換算できます。 4 糖尿病の治療 糖尿病の薬物療法には、経口血糖降下薬とインスリン注射があります。 1型糖尿病ではインスリン注射が不可欠です。 2型糖尿病では食事療法や運動療法を行っても血糖値が高い状態が改善されない場合は、まずは経口血糖降下薬を服用します。 それにもかかわらず、血糖値が改善されない場合は、経口血糖降下薬の増量や2剤以上の併用、さらにはインスリン注射の併用や、インスリン注射への切り替えが行われます。 1)経口血糖降下薬
作用機序が異なるいくつかの種類があり、病態や合併症の程度などに合わせて、1剤もしくは併用で服用します
スルホニルウレア(SU)薬
膵臓からのインスリン分泌を促進し、血糖値を低下させます。1日1回、朝または1日2回、朝夕に服用します。非肥満者でより効果が高くなります。インスリン抵抗性が強い患者さんにはインスリン抵抗性改善作用がある第3世代が望ましい。 ● 速効型インスリン分泌促進薬(グリニド薬)
SU薬と同じようにインスリン分泌を促進し血糖値を低下させますが、SU薬に比べて、血中への吸収と血中からの消失が速いため、効果が現れるまでの時間と作用が持続している時間が非常に短いのが特徴で、食後の高血糖を抑える作用があります。1日3回、食事の直前(5~10分以内)に服用します。それより前に服用すると、食事を始める前に低血糖を起こす可能性があります。 ● α-グルコシダーゼ阻害薬
食事から摂取した炭水化物の分解を抑えることにより、小腸からの糖の吸収を遅らせて、食後の高血糖を抑える薬です。1日3回、食事の直前に服用します。 ● ビグアナイド薬
肝臓での糖の新生や消化管からの糖の吸収を抑えるなど、膵臓以外に作用して血糖値を低下させます。体重を増加させにくいため、肥満を伴う2型糖尿病によく使われます。1日2~3回、食後(5~10分以内)に服用します。 ● チアゾリジン薬
肝臓、筋肉でのインスリン抵抗性を改善します。脂肪細胞への作用もあります。肥満者で効果が高く、女性でより効く傾向にあります。アディポネクチンを上昇させます
●インクレチンは、消化管で合成されて、食事摂取に伴い分泌されます。膵β細胞に作用しインスリン分泌を促進する因子です。
2)インスリン製剤
インスリンを直接補充することにより血糖値を低下させます。1型糖尿病患者さんには不可欠な治療方法です。 以前は、かなり進行した糖尿病に使われる印象があったインスリン療法ですが、食事療法や運動療法、経口血糖降下薬で血糖値のコントロールが不十分な2型糖尿病患者さんや、食事療法のみではコントロールできない妊娠糖尿病の患者さんなどにも積極的に行われるようになりました。 インスリン製剤は、注射後に効果が現れるまでの時間や作用が持続する時間によって、大きく5つに分類されています。健康な人の自然なインスリン分泌パターンにできるだけ近づけることを目標に、1種類あるいは複数のインスリン製剤を組み合わせて治療を行います。
5 日常生活の注意 |
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低血糖 |
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糖尿病治療中において高い頻度でみられる副作用です。経口血糖降下薬やインスリン注射などの量を間違えたり、食事の時間が遅れたり、食事の量が少なかったり、いつもより長時間激しい身体活動を行ったりすることで引き起こされます。血糖値が下がりすぎることにより、脳内では主要なエネルギー源であるブドウ糖が不足して、さまざまな症状が生じます。 1)症状
冷や汗、ふらつき、動悸、頻脈、手指のふるえ、顔面蒼白、頭痛、目のかすみ、異常な空腹感、眠気(生あくび)、さらにひどくなると、意識レベルの低下、異常行動、けいれん、昏睡などを生じます。 2)対応
低血糖を予防するためには、まずは、いつもの食事や運動の量、また、それらの時間などを変更しないことです。さらに、薬剤の服用(インスリン注射も含む)については主治医の指示を必ず守ることが重要です。 低血糖の症状が現れたら、ブドウ糖(5~10g)や糖を含む飲料水を摂取します。α-グルコシダーゼ阻害薬を服用している場合は、必ずブドウ糖を摂取してください。摂取から約15分すぎても症状が改善しない場合は、もう一度摂取します。低血糖は突然起こりますので、外出時には角砂糖やブドウ糖、あめなどを常に持ち歩くようにしてください。 患者さんの意識がなくなったときは、応急処置として、グルカゴンが手元にあればご家族が注射します。一時的に意識が回復したとしても、必ず医療機関を受診してください。
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シックデイ(病気になったとき) |
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「シックデイ」とは、糖尿病治療中に風邪をひいて熱がでたり、下痢や嘔吐、食欲不振などで、いつも通りに食事ができない状態のことを言います。このようなときは血糖値の変動が大きくなるため、経口血糖降下薬の服用やインスリン注射の量と時間などをどのように調整するか、あらかじめ主治医と相談しておくことが重要です。また、すぐに主治医に連絡し、指示を受けるようにしてください。必要な場合は、すぐに受診しましょう。 |