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平 成 21年 通 信 員 だ よ り |
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福井中部宗務所管内「第五回地区信行会」が管内寺院・壇信徒協議会主催のもと、八月二十八日越前市粟田部功徳寺(落井良学住職)を会場にて開催され、僧侶・壇信徒合わせ約五十名が参加した。今回は前々回の「法華経講座」と同じく、講師に大阪寶泉寺村尾泰孝上人を迎え「誰でもわかるお経の話」という題で研修が行われた。約一時間半という短い時間で、仏経とは何か?お経とは何か?から始まり法華経と諸経の違い、構成と各品の説明と非常に内容の濃い研修会となった。その後、参加者と青年僧侶との三グループの法座に分かれ、研修会での疑問や確認、日頃の信仰上の疑問など時間いっぱいまで会話が弾んだ。特に今回の法華経講座は、解っているようで解っていないという点で参加者一同、目から鱗の状態で聞き入っていた。是非次回も講義を聞きたいという多数の意見の中、盛大に第五回地区信行会を終えた。 次回は四月中に開催予定である。 |
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福井中部宗務所主催の教師研修会が八月二十七日越前市今宿妙勧寺(馬田行康住職)を会場として開催され、教師三十名が参加した。 今回の研修会は、昨年同様、大阪寶泉寺村尾泰孝上人を迎え「法華経講座」としての講義であった。昨年度は迹門を中心の講義であり、本年度は迹門から本門段へと講義は進んだ。今まで漠然としていた、本門段(寿量品)への流れをわかり易く講義され、講義後の質問も、時間が足りない程に活発に議論された。 中には、外部から招いての講義は定期的にあったほうが良いという意見を残された教師も多数おり、成功裏に今年度の教師研修会を終えた。 |
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高月山妙弓寺法燈継承式が、四月十二日(日)天気晴朗にして一点曇りない中に於いて厳かに執り行われた。式に先立ち中津山公民館から本堂までの練り供養が、正干与・塚町一乗寺代務住職である、小倉蓮蔵寺・奥野文英住職、副干与・柳町本行寺・石本恵隆住職、そして現住職・石本日慶僧正、新住職・永吉順学上人、檀信徒の皆様によって慎ましやかに行われた。式典は半鐘を合図に、有縁寺院の各聖、現住職・新住職の入堂から始まり、堂内に爽やかな風が流れる中で、記念すべき時が刻まれた。 過去帳と拂子の授与の瞬間には、六十二年間の思い出が走馬燈のように駆け巡り、ここに無事務め上げた喜びの表情と、住職でなくなる愁いの表情が読み取れた。その後、新住職から法燈を継承できる佛縁への感謝と、お寺の護持・発展に寄与すべき決意の奉告文が読み上げられた。最後に、前住職が謝辞を述べられ、その中で「私は枯れた桜、新住職は咲き始めた桜の蕾です。しかし、私はまだまだ枯れ切ってはおりません。残った月日を有意義に過ごしたいと思います。」という挨拶をされ、厳粛且つ盛大に法燈継承式を終えた。 |
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「北国身延」と呼ばれ、北陸屈指の名刹である大道・妙泰寺で去る四月二十六日(日)、法燈継承寺式が行われ、管内・有縁寺院、檀信徒約三百人が参列した。第四十四世・三井龍明上人は、昭和三十一年三月、二十九歳の若さで妙泰寺の住職に就任、以来五十二年間の長きに渡り寺門の興隆・檀信徒の教化に法労を尽くした。在職中には、仁王像造立・奥の院改築・三十番神像造立・五重塔建立・日蓮大聖人銅像建立・日像菩薩銅像建立・七福神衣装新調など数々の事業功績を残され、大本山妙顕寺四箇聖跡に列す妙泰寺の法燈を輝かし続けてきた。また、宗門内にても修法師会会長・専任布教師・協議委員・宗務所長・宗会議員などを歴任し、宗門・福井中部管内の発展興隆に寄与。 今般、高齢により妙泰寺住職の任を退職し、法弟・三井龍教上人に法燈継承する決意をされ、入退寺式の運びと成った。 当日はあいにくの冷たい雨が降り、総門からの練り行列は中止となったが、予定通り午前十時半から入退寺式を奉行。式中、可愛らしい稚児がお祝いに花を添えると、仏祖三宝の御前で現住職から新住職に過去帳と払子が手渡され法燈が継承された。新住職の三井龍教上人は奉告文と挨拶の中で、「師の教えを守りこの伝統ある妙泰寺を檀信徒と力を合わせて盛り上げていきたい」と抱負を語った。式の最後に三井龍明上人が出家の動機や在職中の思い出をしみじみと語り、参列者に感謝の言葉を述べて閉式となった。 |
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| 平 成 20 年 通 信 員 だ よ り | |
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福井中部所管内町門中主催、九月講大法要が九月二十八日午後二時、本年度当番寺院である頂瀧山妙高寺(関内良雄住職)にて盛大に執り行われ、僧侶檀信徒約三百名が参列した。 |
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福井中部所管内恒例十カ寺門中主催、音楽大法要(九月講)が十月二十六日、本年度当番寺院である光栄山聞法寺(竹田法道住職)にて盛大に執り行われ、僧侶檀信徒約九百名が参列した。午後からは京都勅願寺大本山妙顕寺南條日慈猊下大導師の下、当山改宗七百年記念天童音楽大法要も同時に開催された。法要の合間には、福井三国妙海寺住職であり宗会議員である布谷海哲師より講話を頂き、地元の有志による和太鼓の奉納があった。また大法要の前には稚児行列が行われ、化粧で艶やかな顔に派手やかな衣装を着たかわいい子供達が花を添えた。式典は式衆、大導師、脇導師の入堂で始まり、途中稚児問答が行われ、子供達の大きな声が堂内に響き渡った。慶讃文では大導師である南條日慈猊下から聞法寺竹田法道住職に対しお祝いのお言葉を述べられた。その後、富山法唱寺住職井田法良師を修法導師とした御宝前修法、並びに参拝者一同への大衆法楽祈祷が行われ、最後に布谷海哲宗会議員並びに木村吉孝宗務所長(敦賀妙顕寺住職)より祝辞、締めくくりに当山住職から参拝者へのお礼と、今回の大法要を迎えるに当たり、庫裡・客殿の新築、境内・庭の整備事業への御礼の言葉が述べられ、盛大に竹田住職にとって初めての天童音楽大法要を終えた。 |
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福井中部青年会(落井良孝会長)主催の「第二回宝塔行脚」が九月二十五日、越前市内で行われ、僧侶九人が参加した。この「宝塔行脚」は、各地区に建つお題目宝塔の前で法味を言上するもの。落井会長の「宝塔にまつわる諸精霊の追善と護持、信徒・未信徒教化のために」という思いから本年六月に七年ぶりに再開され今回で二回目である。 |
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| 福井中部青年会(落井良孝会長)主催館内寺院めぐり団参が六月十四日行われ、壇信徒百三十三名が参加した この青年会主催の団参は一昨年から、もう一度足元を見直す意味も込め「原点回帰」の精神で十数年ぶりに管内寺院巡りを再開したものである。 第四回目の団参寺院は、鯖江一乗寺(久保智秀住職)、高木町泉久寺(石原行純住職)、高木町信行寺(花島常善住職)、塚町一乗寺(奥野文英代務住職)の四カ寺を参拝。各お寺ではお寺の縁起説明、参加者一同の先祖供養や法話、和讃奉詠などで参加者を迎えた。今回の寺院巡りは落井会長にとって、会長としての初めての団参であり、参加者数や天候など非常に危惧したが、当日は快晴のもと大勢の参拝者で盛大に第四回目の管内寺院巡りを終えた。 | |
| 福井中部青年会(落井良孝会長)主催、第一回宝塔行脚が六月三日越前市五分市町の会長御自坊である功徳寺から越前市庄田町の約四キロ間にて行われた。 この宝塔行脚は、七年程前に当時の布教師会会長である青木正憲上人(南条郡南越前町歓喜寺住職)が行ったことがあり、各地区のお題目の宝塔前で一読するものであった。 今回、落井会長が宝塔にまつわる諸精霊の追善と護持、信徒・未信徒教化の一環としての思いから再開し、六基の宝塔間を行脚・一読した。 今後数十回にわたり宝塔行脚を実施し、管内にある全宝塔前で一読する予定である。 | ![]() |
| 福井中部宗務所管内「第二回地区信行会」が管内寺院・壇信徒協議会主催のもと、三月十四日越前市塚町一乗寺(奥野文英代務住職)にて開催され、僧侶・壇信徒合わせ約六十名が参加した。地区信行会は、一昨年まで行われていた「護法大会」を「お題目結縁運動」実動に合わせて発展的に解散し、もっと壇信徒の皆様との距離を縮めようとの想いで開催したものである。内容も、従来の年に一度の管内物故者への追善を目的にした法要から、「法座」を取り入れた、壇信徒との会話を中心にしたものに変更された。今回の会場である塚町一乗寺様は和讃が盛んであり、一回目に続き和讃の講習が行われ、引き続き「お仏壇の祀り方」の研修が行われた。その後、参加者と青年僧侶とのグループ別の法座が行われた。法座では、研修の内容に関する質問や、普段疑問に思っていることなどが活発に話され、時間いっぱいまで会話が弾んだ。閉講式では和讃の発表も行われ、従来の一方通行の関係からキャッチボールが出来る関係への変換が着実に進んでいるのを感じながら第二回目の地区信行会を終えた。 | ![]() ![]() |
| 平成二十年三月十四日、福井中部修法師会(竹田法道会長)主催、国祷会が越前市塚町一乗寺(奥野文英代務住職)にて行われた。式では、本年度荒行堂を成満した中條宏紹師の法話をはじめとし、当管区成満僧と会員の水行、唱題行、和讃、だるま特別祈祷と盛り沢山の法要を奉行した。式中の世界平和祈願法要では、世界中が平和で、一人でも多くの方がお題目の縁にふれて幸せに明るく生活できる世の中になる事を、参拝者の皆さんと会員が一心に祈念し、力強くお題目を唱えた。またこの日の午前中は、宗務所主催の信行会が同会場にて行なわれ、引き続きの国祷会でした。当日の参拝者も「長い一日でしたが、沢山のことを吸収し、学ばせていただきました」と充実した一日に満足し、盛大に本年度の国祷会を終えた。 | ![]() ![]() |
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福井県越前市柳町妙智寺(坂井是真住職)にて三月九日快晴の下、本堂新築に伴う地鎮祭が、古式四十九院法に則って執り行われた。 約百五十年間壇信徒を見守り続けた本堂は、屋根は波打ち、天井は下がり、全体が左に傾き、狭隘も増したことから一昨年より新築の計画を立て、今般着工に到った。 仏像仏具の仮遷座、解体、そして四十九院法にての地鎮祭と、一連の式典を通じて「仏様への報恩の一端と、旧本堂百五十年の歴史を想い、手を抜かずに一つ一つを精一杯させて頂きたかった。この事業に係わらず、そうでありたい」と住職。 柱は総檜の木造建てで、本年中に完成の予定である。 |
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