最初具足山 妙顕寺
木村吉孝
914-0076
福井県敦賀市元町9-18
0770-22-1342
由緒沿革
 永仁二年(1294年)三月日蓮聖人の法孫で在る日像聖人、帝都開教の上洛途中当山にて一夜の宿として逗留す。当時、当山は、春鶯山気比神宮寺と号し、真言宗に属した。時の学僧(住職)覚圓聖人日像菩薩に四十六番の法論を挑みことごとくこれを論破される。これにより、覚圓聖人日像菩薩に帰依し全山改宗し、山号・寺号を改称す。これに反し、覚圓聖人の弟であった、明覚は寺宝である「名刀番神丸」を持って、日像菩薩に夜襲を企てたが成らず、かえって教化され菩薩の弟子になる。当山第七世三智院日森聖人、宗風盛んにし大本山妙顕寺の客末上首筆頭となる。山号に於いては、大本山妙顕寺・本山妙覚寺・本山立本寺と同じくするも、当山を持って最初とするため、「最初具足山」と号す。
 古来末寺二ヶ寺・支院八ヶ院あり本宗史上北陸道最初の名刹である。宝永・天保年間に火災に遭い全山焼失又、昭和に於いては、空襲にて焼失するも現在に形を復興す。

寺宝
立像釈尊像(推永禄年間作)・火中出現祖師像・名刀番神丸(鎌倉期作銘僧定秀)
香炉・妙鉢片方(以上朝鮮古渡り、気比神宮寺時代より保存)・三菩薩御真骨等